私の87年の人生 自分史の骨格
★ 私は 昭和8年(1933)3月2日に兵庫県明石市 で生まれた。 こんなに長く生きるとは思ってもいなかったのだが、 あと3ヶ月もすると88歳米寿を迎えることとなる。 87年、時代の変化もあったし、それ以上に環境の変化もあって、 非常に面白い人生だたっと思っている。 もうだいぶ前になるのだが、こんな自分史の表を纏めている。 これが1枚目、39歳までである。...
View Articleみかんが成った
★ 今年はみかんがいっぱい成った。 それもなかなか美味しいのである。 このみかんの木我が家にやってきたのは2011年なのである。 ブログはいろんなことが解って有難い。 このみかんのこと何度かブログにアップしてるので 検索すると出てくるのである。 こんな風に書いている 2011-11-12 05:58:52 |...
View Articleカワサキ メグロの話など 昔話を
★カワサキのこんなニュースが流れた。 カワサキが『メグロブランド』を復活させたという。 カワサキ500メグロK2 私にとっても懐かしいバイクである。 1965年発売とあるが、当時は広告宣伝課で広告やレースを担当していたし、 1967年からは第1線でこのバイクの販売を実際に担当したりした。 当時の白バイは殆どがメグロで、ホンダは少なかった時代。 カワサキも国内だけの販売の時代だが、...
View Article貴景勝 優勝おめでとう!
★ 貴景勝 優勝おめでとう! 今場所は両横綱が休場で2横関が場所の途中から休場し。 大関は貴景勝1人という場所ではあったが、 照ノ富士の力強い相撲も見れて、非常に面白い場所だったと思う。 私はかっての照ノ富士の大関時代は知らない俄かファンなのである。 やっと半分ほどの力士の顔と名前が解るようになった。 大相撲を観だしてから一番感動した優勝の瞬間だった。...
View Article協同学苑を歩いてきた
★この3連休、都会や観光地はびっくりするような人出だった。 これではコロナの多発も致し方ないのかなと思ったりもした。 私の3連休は全く普段と変わらない3日間だったのだが、 その1日、久しぶりに『協同学苑』を一周してきた。 ここが家から一番近い公園のようなところである。 スロージョッギングした行程を写真を撮ってきたのでご紹介したい。 車を直ぐ右手に止めて、ここからスタート。...
View Articleこの最近の10年間 自分史
★ 87年間生きてきた人生、 その自分史をある期間ごとに纏めようと思ったのだが、 子どもの頃の話からではなくて、 この最近の10年間からスタートしてみたい。 78歳からの10年間、このように纏めているのである。 2011年・平成23年は、あの東日本大震災があった年である。 『カワサキの想い出、そして未来』という 平井稔男さん主催・NPO The Good Times...
View Article毎日てっちゃんも孫も進化するもんだ
★何を思ったのか、今年の2月から孫の門野真也が末弟の門野哲也を題材に 『毎日てっちゃん』なる絵を画きだした。 『毎日てっちゃん』というテーマ通りにそれは毎日続いている。 いつまで続けるつもりなのか? それにしても1日も休まず続いているのはなかなかのものである。 その絵も間違いなく進化してるので、 時系列に並べてみたい。 これが極く最近の『毎日てっちゃん』である。...
View Article三木防災公園を一周してきた
★ 毎日のように来ている『三木総合防災公園』だが広大な公園の中に縦横に道が走っているので、外周らしきところを一周することはなかったのである。 完全に外周とは言えないが、何となく外周と言えるところを一周して写真を撮ってきた。 朝8時スタートである。 駐車場の横から、太陽は未だこんな位置である。 広大なゲートボール場の横を通って、カエデは完全に葉を落としている。 これが一番南側と言っていい。...
View Articleオーストラリアのこといろいろ
★世界の国はいろいろあるが、オーストラリアは何となくいろんな関係や想い出のある国である。 一番最初にオーストラリアに出会ったのは、大学の入学試験だった。 『世界地図を画き、これを入れよ』という地理の試験問題で ジブラルタル海峡や、東経135度 などが出たのである。 私は明石出身なので子午線が明石を通ているのはよく解っていたのだが 南の方ではどこを通るのか?...
View Articleネットの世界はオモシロい
★暇な時も、ネットの検索などやってると、時間はすぐに経ってしまう。 昨日の午後もいろいろやってたらいろいろ出てきたりした。 『# 古谷錬太郎』という記事が出てきたりして、 ホントにそんなものあるのか? と思ってツイッターで検索したら、それがあるのだ。 これにはちょっとビックリした。 ★ 何かの拍子にこんな記事も出てきた。 『粟生線の未来を考える市民の会の結成総会』である。...
View Articleblogに出会ってから人生が変わった
★ 定年後の生活に入ってから、突然生活が急変したのはパソコンをやりかけて、更にブログを始めた年からだろう。 それは2006年、74歳の時である。 この年からの5年間は私の人生の中でも一番『新しい経験』が連続して起こったオモシロい時期だったと思う。 それは今までに経験したことのない『ネットの世界』との出会いだったと言っていい。★ ネットの世界に出会って4月には三木市長にメールなど打っている。...
View Article三木山森林公園のもみじ谷を歩いてきた
★11月末には毎年、『三木山森林公園のもみじ谷』を歩くことにしている。 三木山森林公園はいま『昭和30年代の里山環境を復元を目指していて、外来種を駆除し、芝生広場をかつての草原に戻す取り組みなどが奏功し、カヤネズミやニホンアカガエルといった多様な生物が定着しだした』という。そのもみじ谷の紅葉も、自生して大きなった樹々の『自然のもみじ』なのである。歩いた経路の写真を撮ってきたのでご紹介しよう。...
View Article大相撲横綱問題 いろいろややこしい
★ こんな大相撲の横綱問題のニュースが流れていた。 よく解らないのだが、兎に角『ややこしい』ということだけはよく解る。 横綱審議会が休場した白鵬・鶴竜に『注意』をしたというのである。『注意』は「引退勧告」に次ぐ横審の決議事項で、結構重いという。 然し、そもそも「引退勧告」からして強制力はないという。...
View Article三木山森林公園の山の中を歩いてきた
★昨日は水曜日、ジムに行くことにしてる日なのだが、朝いろいろやってたら9時半過ぎになってしまった。ジムに行くと『8名の満杯状態なのでお待ちいただけますか?』と仰る。コロナ対策で『8名以上は入れない』ことになってるので、ジムは諦めて、隣の三木山森林公園を歩くことにした。 駐車場に車を止めて、青い線のように森の中を歩いたのだが、このサイズでは歩いたところが全部は入らない。...
View Articleサッカーのへデイング禁止
★ 『世の中どんどん変わるなと思う』 アメリカの子供たちのサッカーで『ヘディングが禁止』だなどとは全然知らなかった。 孫たちはそのアメリカで子どもの頃からサッカーをしながら育ったのだが、それはヘディングが禁止になる2016年以前だった。...
View Article旧いカワサキの創生期の写真から 1
★ コロナで閑なものだから、旧い日記などを見たりして時間つぶしをしているのだが、 こんな写真が出てきた。 昭和38年(1963)5月、青野ヶ原モトクロスでの1位から6位まで カワサキが独占したレースの優勝記念撮影なのである。 このレースに関係したのは製造部と営業部で、 この写真では神武事業部長を真ん中にまさに記念撮影となっている。 ただ、このレース出場は正規のレース活動などではなくて、...
View Article旧いカワサキの創生期の写真から 2
★ この写真に写っている方、私にとってはいろんな思い出いっぱいの方たちである。 まずは最後尾の列の中央の大柄な方が、営業部で青野が原のレースを支援された『小野助治さん』である。新しく出来た単車営業を担当されて、私をその営業に引っ張られたのも小野さんだし、私の仲人をして頂いたのも『小野助治さん』である。...
View Articleそうか、そんな生き方もあったのか! 1
★『そうか、そんな生き方もあったのか!』 仲 俊二郎著 の本の題名である。 同じ題名で、多分このブログも何回か続くと思われるので 『そうか、そんな生き方もあったのか 1』とした。 久しぶりに私が取り組む『プロジェクト』になるのかも知れない。 本の帯には、 兵庫県立大学名誉教授の小西一彦先生が 『人生には迷いもあり、悩みもある。...
View Article三木の旧いまちを歩いてきた
★ 昨日は三木の旧い街を久しぶりに歩いてみた。 三木の旧市内は左上あたりで、 その右手に拡がる広大な新興住宅街は、 かっては高台というか山だったのである。 ジムは三木山総合公園にあるのだが、 この辺りもかっては山だった。 そのすぐ下に三木市役所はある。 結構、立派な市役所の建物である。 この市役所は、かっての三木城よりは高いところに位置している。...
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