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特別なZ1会だった

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★毎年は年に4回あるZ1会なのだが、 今年はコロナ禍で最初で最後の第78回Z1会コンペだった。
 今日のパートナーはZ1会副会長の丹波さんと吉田純一さんで、 ゴルフのスコアは兎も角「めちゃ楽しい」ゴルフだった。
 これはゴルフの途中に吉田純ちゃんが、ご自身のFacebook にアップした写真だが、 こんな3人でのゴルフだった。
 
  コースはいつもの通りの「三木セブンハンドレッド倶楽部」 コースから私の住んでいる町「緑が丘」が見える、家から15分のコースなのである。 写真に見える山「雄岡山・雌岡山」は「おっこさん・めっこさん」と呼ぶのだが、そこは三木ではなくて神戸市なのである。さらに向こうに見える山は、山ではなくて淡路島なのでらる。
 


★昨日のZ1会が私にとって特別だったのは ゴルフの後の表彰式で私の米寿のお祝にこんな花束と
 

  こんな記念ボールを頂いたのと 
 
  何よりもZ1会会長の大槻幸雄さんから 身に余る「祝辞」を頂いたことなのである。
  

そんな祝辞の中で、大槻さんは1960年代のカワサキ単車のスタートの時期のことに触れられて、アメリカ市場は浜脇洋二さんが開拓されカワサキを引っ張ったが、「国内市場をひっぱたのは古谷だ」と仰っておい頂いたのは、 私にとってこれ以上ない感激だったのである。
そんなことで私も答礼のご挨拶の中で1966年カワサキの初めての鈴鹿ロードレースのことなどをお話したのだが、  それまではモトクロスだけであったカワサキが初めて鈴鹿を走ったのは、 1966年5月でライダーは山本隆だったのだが、 この時は会社には内緒で出場したのだがホンダ・ホンダ・カワサキと山本隆がホンダに次いで3位入賞したので、カワサキも正規にロードレースに参戦することになるのである。 それは翌月の6月にカワサキ正規のロードレーサ3台を用意し 「6時間耐久レース」に正規に3チームが参戦したのだが、 その時の監督が大槻幸雄さんで、 因みにその時神戸木の実チームのコンビが歳森康師・金谷秀夫だったのである。  現在のZI会のメンバーの中にはそんなこともあって、レース関係者も多く、 清原明彦・多田喜代一・塚本昭一など有名ライダーもいるし、 カワサキフランスのオーナーだった遠藤治一さんもいるのである。  ちなみに優勝者はその遠藤治一さんだったのである。
  
  私の88歳の人生の中でも 花束など頂いたことは極く稀な出来事で、ホントに嬉しかったのである。
  
★ 今年は今回の1回だけだったが、 来年は4月・6月・9月・11月の年4回に戻るだろうし、 ぜひ来年も頑張って、参加したいと思っている。 
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