★いま、『人気のキーワード』としてはこんなのが並んでいて、『築地市場』がそのトップに来ている。
そしてそれをクリックするとこんな記事が並ぶのである。
小池さん独特の政治手法に、石原慎太郎さん、『ハマってしまったな』と思っている。
★石原慎太郎さん、同年代なのである。
大学時代に『太陽の季節』で突如有名になったのだが、直接関係などはなかったのだが、私自身が大学生だったし、たまたまだが大学の野球部の先輩の住所が当時『石原慎太郎宅』であったりしたことが解って、その弟の裕次郎のことなども話題になったのである。その野球部の先輩が明石に関係があったので余計に当時関心を持ったのである。
大体『ファン心理』というのか『ファン』になったりするきっかけは、そんな『何か』があるものなのだが、私にとっては石原慎太郎は半年上、裕次郎は1年下だったし、当時は石原兄弟は特別の大スターになったものだから、私自身も非常に関心を持ったし『ファンになった』と言って間違いないのである。
石原慎太郎については政治家になってからも、独特のものを持っていたし、東京都知事になっても東京都民の人気も絶大で、都庁に週何日しか出勤しないということも聞いていたのだが、それさえも『流石 石原慎太郎』と思ったりしていたのである。
都知事に出馬したのが1999年で、それは私自身現役を引退した年だから、大したものだと思っていたのである。
経歴を調べるとこのように書かれている。
1999年東京都知事選挙に出馬。立候補の表明は有力候補中最も遅かったが、舛添要一・鳩山邦夫・明石康・柿澤弘治といった有力候補を抑え初当選する。2003年東京都知事選挙では都知事選史上最高の得票率で再選、2007年東京都知事選挙では浅野史郎らを破り3選。2011年東京都知事選挙では当初不出馬が取り沙汰されたものの、東国原英夫らを破り4選。後継に猪瀬直樹副知事を指名し、次期衆議院選挙に出馬するため東京都知事を辞職。
★今回の『築地市場』問題は、従来からいろいろ言われていたし、実際には都庁の副知事以下の都職員や、都議員たちの利権なども絡んでいていろいろあるのだろうが、石原都知事時代に決定されたことは間違いないのである。
そうだとしたら、東京都知事だったのだから「責任はない」ということにはならないので、問題の性質から言ってどんなに転んでも『石原さんの大勝利』などには今更絶対にならないのだから、いい加減に『静かに対応』していればよかったのに、反応してしまってマスコミの『いい餌食』になってしまった感がある。
今回はその対応を完全に間違ったなと思っている。
それにしても、石原慎太郎さん、テレビに映る姿を見ると『老けたな』と思うし、歩く姿がトボトボで、同世代のかってのファンとしては『石原慎太郎のあんな姿』はあまり見たくないのである。
本件なぜ、こんなことになってしまったのだろうか?
小池百合子さんも好きな政治家の一人だが、この問題の根は昨年の『東京都知事選』が原点なのだろう。
アノ『大年増発言』を小池さんは忘れられないのだろうし、いろんな仮想敵を創って、それを打ち破って成果を上げる小池さんの政治手法としては『石原慎太郎』は格好の標的だったのだろう。
あの選挙応援に石原さんが出てきたのは、『長男の石原伸晃』さんが自民党都連の責任者だったからその応援を頼まれたのだろう。
4人の子供さんたちも、あれくらいになればそれぞれ普通なら立派なのだが、石原慎太郎・裕次郎が立派過ぎて、どうももう一つだなと思ってしまうのである。
『石原伸晃』さんが、そんな父に未だに応援演説を頼んだのが間違いだったと思うし、石原慎太郎さんももうすっかり成長している子どもさんの応援などしなかったら、こんなことにはならなかったのにと、残念に思ったりしている。
石原慎太郎・裕次郎兄弟 はこんな感じが、私の中では一番似合っているのである。
もうだんだんと世の中でも少なくなりつつある『昭和一桁世代』なのである。
そんな『昭和一桁世代』の一人として、年寄りの『いい昭和の夢』を壊さないで欲しいなと思っている昨今なのである。
果たして、このあとどんなことになるのだろうか?
★三木 緑が丘 サンロードを愛する人のカイ!のホームページです