★ 永六輔が亡くなったというニュースが流れた。
83歳だという。 同い年である。
最近はテレビをあまり見ないからかも知れぬが、タレントも歌手の名前などもさっぱり解らない。
逆に、今の若い人は、永六輔とか『上を向いて歩こう』などは知らないのだろうか?
何気ない歌詞だが、今でもいいなと思う.
中村八大の作曲も素晴らしい。
これを歌った 坂本九はあの 日航機の事故で亡くなった。
それは、1985年(昭和60年)8月12日
あの事故の翌日、 会社は夏のお盆休みの最中だったのだが、私はJALで、高橋鐵郎さんと アメリカ出張だった。
流石に、JALの客は少なかった。
アメリカからの帰りは、ビジネスだったのに、ファーストクラスに変えてくれたりした。
日本はお盆休みだが、海外販社は関係なく仕事である。 この当時いつも高橋さんは、盆休みは海外販社に出張だった。
その何回かは、一緒に出掛けている。 海兵出身らしい高橋さんの行動だった。
そんな高橋さんも、この6月末に亡くなられた。
21日には、『高橋鐵郎さんを偲ぶ会』でいっぱい飲もうと、昔の仲間が集まる。
集まってくる連中は、元気なのだが・・・・
つい先日から『カワサキの二輪事業と私』という自分史をスタートさせた。
昭和36年(1961)のスタートの時期から、40年間カワサキの二輪事業の中枢をずっと歩かれた高橋鐵郎さんは、『カワサキの二輪事業の歴史』そのものと言っていい。 ご縁があって、わたしはずっと一緒だった。
『カワサキの二輪事業と私』は、『高橋鐵郎さんと私』という想いで、二人のカワサキの想い出を綴ろうと思っているのである。
『上を向いて歩こう』 思いだす夏の日 一人ぽっちではないのが幸せである。
でも、段々と現実は、寂しくなる。
そんなことを思っている。