★今年の初めにパスポートを更新したので、従来のESTAの承認も消滅してしまった。
9月にアメリカに行こうと思っていて、昨日はESTAの再申請をやったのである。
ESTAとは
Electronic System for Travel Authorization こういうことであるらしい。
電子渡航認証システム(略称:ESTA)とは、ビザ免除プログラムで、船舶または航空機でアメリカ合衆国へ入国する入国者に対し、米国出入国カードをアメリカ合衆国への渡航前に、インターネットのウェブサイトで電子申請することを義務付けるものである。日本語を含む複数言語をサポートするウェブサイトが運営されている。
とある。
ESTAの申請手続きを検索すると こんなページが現れる。 https://esta-center.com/
この申請をしなければ、アメリカへの渡航は認められないのである。
● 申請は全てネットからである。
● 申請書の中身を満たすためには、パソコンによる申請で、パスポートを持っていること、記載内容項目をを完全に埋めること、
● 連絡するメールアドレスを持っていること、14ドルの代金を支払うカードを所有すること
● そしてそれらの内容を記入し、14ドルを払う手続き
を満たして申請すると、ホントに即刻と言ってもいいほど早く認可通知が来るのである。
本人がパソコンが出来なくても、メールアドレスを持っていなくても、代理の人が代わって申請して、14ドルの代金をカードで支払えば、すべて問題なく認可されるところがいい。
記入項目も多く大変だが、間違っていれば懇切丁寧な指摘があるし、前に進まないので、システム通りに進んでいけば問題なく承認されるようになっている。
こういうアメリカ式の徹底したやり方が、大きな合理化に繋がるのではと思っている。
それに比べて、日本の社会はどんどん細かくなって、結果的には大きな出費になっているような気がしてならない。
役所の書類もそうだし、本人確認の制度なども『やりすぎ』で手間ばかりが掛かるような気がする。
基本的に『自分のことは自分で責任を持つ』という『自己責任』がアメリカのように徹底されてないのが問題なのである。
★ESTAの申請にしても、パソコンが使えない人は、自分ではできないのだが、記入内容さえあっていれば他人にやって貰っても大丈夫なのである。現実に家内はパソコンなど出来ないので、私が代わりに必要事項を記入さえすればOKなのである。
日本の社会も、もう少し徹底して『合理化の方向』を採れば役所の職員も減るだろうし、『本人確認』などもその趣旨は解らぬではないが、そのための経費が大きすぎるのである。
アメリカは基本的に『自己責任』が徹底していて、車の通りの少ない山道にはガードレールなどは見られないのだが、日本は道のガードレールは通行車両を守っているよりは、ガードレール業界を守っているようなものである。
先月、車の車検をやったが、昔に比べて圧倒的に走行距離が少ないのに、『なぜ車検か?』と思ってしまうのである。
日本のやり方は、表面は末端の人たちを守っているようで、ホントのところは関係官庁の役人や、その業界などを守っていて、その費用を末端の国民が負担しているのではないだろうか?
もう少し『自己責任』自分のことは自分で責任を持つ方向にしないと、無駄ではないかなと思うのだが・・・
自分の国さえも『アメリカに守って貰えばそれでいい』と思うような『自主性のなさ』が大きな無駄に繋がっているように思うのである。
ESTAの申請をしながら、そんなことを考えていた。
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