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カワサキ二輪事業と私 その-17 カワサキワールド リニューアルオープン

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 ★昨日、10月14日はカワサキワールドのリニューアルオープンだった。

現場を見て、こう言うと言い過ぎであることは百も承知で申し上げるならば、『私のために』リニューアルされたのではないかと思いたくなるほど、私のカワサキに関する想い出がいっぱい詰まっているのである。

カワサキワールド自体は私が退職して以降にスタートしていて、私がカワサキワールドと密接に関係を持つようになったのは10年ほど前のことだが、未だその頃は田崎雅元さんが川重の会長をしていた時代なのである。田崎さんは年次で言えば、私より一つ下で昭和33年の川崎航空機入社なのだが、35年にカワサキが二輪事業をスタートした直後から当時のレース関係の仲間でありその後もずっと私の現役時代いろんな意味で一番長く同じ道を一緒に歩いた仲間なのである。

その田崎さんが川重で残した仕事は勿論いろいろあるのだろうが、彼にしか出来なかった、彼だからできたものを一つ挙げよと言われたら、私は躊躇なく『カワサキワールド』と言って憚らないのである。残念ながら現在彼は体調を崩してこのリニューアルにも顔を出せないのだが、一番喜んでいるのは田崎さんなのかなと思ったりしているのである。

 

★かって私のブログの中で取り上げた、田崎さんご自身の10年前の想いを、ここにご紹介しておきたい。

今からちょうど10年前の話なのである。

 

 『昔から、何か自分の「想い」を達成しようとするときにはその「想い」を熱く持ち続けながら、「天のとき」「地の利」「人の和」という三要素を味方にすることが肝要であると言われている。

さて、2006年5月に神戸海洋博物館の中に開設したカワサキワールドが開館一周年を迎え年間入館者数は24万人を越えた。
1.子供たちを含めた一般市民には、「科学技術」や「ものづくり」に対する興味を高め理解を深める機会を提供する
2.OBを含めた関係者とその家族の人たちには、「カワサキ」に対する愛情と誇りを持ち続けて頂く
3.この施設を中心にした人々の活発な交流を通じて地域社会の発展に貢献する
4.企業イメージ企業価値の向上を図る

こうした当初の目標が達成され、大げさに言えば、「カワサキの品格」が見事に演出されていることに大きな誇りと喜びを感じている。
特に40名を越すOBがボランテイアでこの施設の管理運営に参画し、これが生涯情熱を持ち続ける「ものづくり人間」の感動的な姿としてマスコミにも取り上げられ話題を呼んでいる。

さて、この「カワサキワールド」の誕生はまさに「天の時」「地の利」「人の和」の物語である。
2005年1月、まだ正月気分も残るある晩、日頃親しくしている日経神戸支社長とカラオケで飲みながら歓談していた。四方山話のなかで、「来年2月の神戸空港の開港に絡めて、何かアイデイアはないか」「開会式典にブルーインパルスっを招くか」「ジェットスキー大会を開催するか」「神戸市はジリ貧状態の神戸海洋博物館の活性化に苦慮しているようだが」etc.
と話がはずむ中にふと心が動いた。
いつの日にか一般公開展示の恒久的な施設を持ちたいと、永年明石工場に保存してある歴代のモーターサイクルが天の時を迎えたのではないか。
早速汎用機カンパニーに検討を指示した。返ってきた答えは単独での取り組みは難しいというものであった。
とにかく、自分の目で見ておきたいと施設を視察した。
当社が建設した建物でもあり企業博物館構想を本社プロジェクトにして各カンパニーに呼びかければ何とかなりそうだとは思ったが、まさか0系新幹線の先頭車両、kv107ヘリコプターの実物搬入までに発展するとは想像もしなかった。
プロジェクトチームは全国の20以上の博物館を視察し構想を熟成させた。その中で関係者全員の思いが一つになり各カンパニーの健全な競争心も生まれ短い期間で一気に花開いた楽しいプロジェクトとなった。

然し、if物語にすれば何が欠けても上手く行かなかったであろう、まさに「天の時」「地の利」「人の和」の波に乗り関係者全員に大きな達成感をもたらす意義のあるプロジェクトになったことを心から喜び感謝している。
考えてみれば当社には110年を超える永い歴史と陸海空にまたがる製品群があり、本社を置く神戸にこういった企業博物館を持つことは極めて自然な流れであった。地道で粘り強い継続的な情報発信活動によって企業イメージを高め、それが企業文化として根付くことの重要性を痛感している。
カワサキワールド見学は今では全国の修学旅行プログラムにも組み入れ始められたようである。
OBのみなさんにも、是非お孫さんを連れて、このカワサキワールドのサポーター、リピーターとなりこの施設の健全な発展にエールを送って頂きたいと願っている。』

昨日の幕開け初日にもウイークデイでもあったので一番多かったのは小学生の子どもたちなのである。田崎さんの想いみたいなものが、そのまま引き継がれてさらに進化していく姿に、どうしても田崎さんの想いを紹介したかったのである。

 

★新しくなった展示場の状況を動画に撮ってきた。

時間のある方は是非ご覧になってみて下さい。

 

 

従来の展示車の中で残されたのはB8モトクロッサーとカワサキの二輪事業を確固たるものにしたZ1の2機種で、その他は全て新しい機種に入れ替えられたのである

  

 

上段は市販車、下段はレーサーと分けられた展示方法で、B8とB8Mが揃って展示されている。私が営業部門に異動になったのはこの前の機種B7の時だったが、フレーム欠陥で返品が相次いで意気消沈していた時に出てきたのがB8でそのモトクロス改造車で出場した青野ヶ原のレースで1位から6位までの完全優勝を果たし二輪事業の本格的な推進の原動力となったのである。

 

 

 

メイン舞台にはZ1 と Ninja H2 が飾られている。

Z1/Z2 については私の大阪所長時代で、ちょうどその年カワサキ特約店制度は大阪から産声を上げたのである。

Ninja H2 は最近発売のマシンだがこの開発を指揮した山田浩平くんは現役時代これも彼が開発担当したX-11というサーキット専用4輪の開発で密接に関係があり、彼が技術本部長に就任したとき、『技術部在任中に必ずビックリするような機種の開発を致します』と言う決意表明の手紙を頂いた通りに実現したマシンなのである。

           

そんなこともあって、このNinja H2 を含めJ/Sなど300馬力に挑んだ技術屋さんたちの『300PS CLUB』が存在するのだが、OBの私は何のお手伝いもしてはいないのだが、最後の1枚の Life Members カードをわざわざ山田浩平くんが私に手渡してくれたのである。

 

 

 

 会場には『KR500』が飾られていた。

『宗和孝宏とこのKR500 』このマシンにはいろいろあって、私もいろいろとお手伝いをさせて頂いたのである。 詳細はこのブログに。http://blog.goo.ne.jp/rfuruya1/e/c5a9acdc84f09ab304283261df17f077

これが戻ってきたマシンと聞いて、感慨ひとしおだったのである。

これは3年前のことだが、宗和も、カワサキも、関係者みんながよかった出来事だったのである。

 

 

これはカワサキワールドとは直接関係のない話だが・・

 

 そんなマシンの前でのお二人は、一緒に行った登山道夫さんと、昨日手伝いに来ていたKMJの塚本さんである。

塚本君とは初対面なのだが、塚本碩春さんのお孫さんだと聞いてびっくりした。塚本碩春さんは私が入社した時の人事課長でZ1時代の単車事業本部長で私も非常にお世話になったのだが、1996年私が国内の責任者をしている時に、『うちの孫を採ってくれないか』と手紙を頂いてすぐ、私は当時部品会社を担当していた岩崎茂樹くんに頼んだことまではよく覚えているのだが、お会いしたのは初めてなのである。

そんなご縁のあったご本人に直接会えていっぱい話が出来たのもよかった。

 

 

 

昨日は塚本君のほかにもご縁のある人たちがいっぱいいて記念撮影などしたりしていい時間を過ごさせて頂いたのである。

写真の一番右は佐々木八太夫さん今回の改修をやった広告代理店の社長さんだが私は彼がまだ大学生の頃、大広のアルバイトをしていたころ大阪営業所で出会って以来のお付き合いである。その横の市原さん、今は大阪地区の責任者だそうだが私の現役時代にいたのでよく知っているのだが、話をしたのは今日が一番長かったかも知れない。私の左隣は塚本君、そして一番左はカワサキワールドの吉田さん、彼が私に招待状を送ってくれたのである。

彼は鉄道マニアで、このところずってカワサキワールドのすぐ前のメリケンパークでは『ミニ・トレインフェステイバル』が定着して行われているのだが、この起案者は福井昇くんと私なのである。この案を当時の会長の田崎さんに頼み込んで田崎さんが神戸副市長に繋いでくれて実現に至ったのである。

 

  

 鈴鹿8耐でカワサキが唯一優勝を飾ったマシン。

この年は8耐にも色濃く関係して伊藤ハムからのスポンサードなども得た。岩崎茂樹が初代の川重のスポーツ推進部長に就任した年である。

 

 

 Z1の装飾台のヨコにこんな写真が使われている。これは『カワサキZの源流と軌跡』という本の出版社の三樹書房の提供で、佐々木八太夫社長に頼まれて、私が繋いであげて入手した写真なのである。そんなご縁で三樹書房の小林社長からも是非一度カワサキワールドを訪れたいと昨日ご連絡を頂いたりしたのである。

 

いろいろと今回のリニューアルには私の想い出いっぱいなのだが、極めつけは『SPA 直入』なのである。

SPA 直入は私と岩崎茂樹で創ったと言い切っていい。サ-キットなどのノウハウを当時の川重も造ってくれた建設会社も持ち合わせてはいなかったのである。コンセプトもコース設定も殆ど全て二人で決めて建設会社はそれに従って作ってくれたのである。

SPA直入の名づけ親も岩崎茂樹で、そのSPAは温泉のSPA だと思っている人が殆どなのだが、ベルギーの名門サーキット、スパ・フランコルシャン とかけて物知りの岩崎茂樹が名付けたのである。

こんな想い出いっぱいのSPA 直入が今回のリニューアルにはいっぱい出てくるのである。

 

 この写真は1日早く記者発表があって、産経新聞の記事の写真だが、このシュミレーターに使われた舞台がSPA直入なのである。シュミレーターについては、これは川重の航空機事業本部の技術で現役当時お国の要請を受けて、二輪用のシュミレーターの開発をスタートさせたので大いに関係があったのである。岐阜で載せて貰って『酔ってしまった』苦い経験を持っている。当時のものに比べると大いに進化していて、球形のものは日本初だとか言っていたが、ホントだろうか?

正面のカワサキを紹介をする映像にもオートポリスではなく『SPA直入』が使われていてそこを走っているライダーはヘルメットを被っているので解らないのだが、SPA直入立ち上がりのころから一緒に直入を育てた林 英治くんなのである。

 

長くなったが、今回のカワサキワールドには、私個人と密接に関係するいろんなものが沢山あって、独り大満足しているのである。田崎さんと一緒に観れたらもっとよかったのにとは思うのだが・・・・・

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