★ Yahooの意識調査に「死後のSNS管理、考えたことがある?」 というのがあって、興味、関心大いにあった。
私自身は、「考えたことがある」のほうだが、 「どうしよう」ということではなくて「どうなるのだろう?」ともっぱらそちらのほうである。
考えたことのない方のほうが、圧倒的に多いが、多分みなさん若いからだと思う。
私のように、いつ死んでもおかしくない80歳を過ぎると、
Facebookをはじめ、ツイッターも、このブログも、「死んだあと一体どのようになるのかな」とは、自然に何度も思ったことがある。
Facebookやツイッターは、旧い部分を見るのは大変だが、ブログは時系列にきっちりと整理されて並んでいるし、その内容についても「検索」でいっぱい引っかかるのである。
事実、私のブログに辿り着く人は、毎日ご覧になっている方もおられるのだろうが、当日検索で引っかかって訪れる方も相当数おられるように思うのである。
★そんな、事実を見ていると、「自分史」などと改めて本など発行しなくても、ネットの中にいっぱい足跡は残るはずだと思っている。
いま、「古谷錬太郎」で検索すると、結構な数のサイトが出てくる。
https://www.google.co.jp/?gws_rd=ssl#q=%E5%8F%A4%E8%B0%B7%E9%8C%AC%E5%A4%AA%E9%83%8E&start=0
自分だけではなくて、ほかの方たちがネットにアップされたものまで並んでいる。 写真も、動画も、とにかくネットにアップされたものはすべて現れると云ってもいい。
「古谷錬太郎 雑感日記 」と検索すると
こんなことになる。 ネットを普通の方よりは、圧倒的に多くやってるので、こんなことになるのだろう。
これが、果たして死後、いつまでどうなってるのだろうか? というのが関心事なのである。
★マン島で事故死された松下佳成 さんとは生前袖ケ浦サーキットでお会いしたし、Facebookでも繋がっているのだが、今でもFacebookではそのまま残っている。
Facebookでユーザーの死後にアカウント管理人を指定できる機能、日本でも利用可能に
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20150512-00000035-zdn_n-sci
などとこんなことが可能になるようである。
でも、何もせずに放置しておくとどうなるのだろう?
ネットの世界は、どんなにデーターが大きくなっても大丈夫なのだろうか?
昨今の検索機能などを見ていると、ほんとに些細なことでも、正確に拾い上げている。
不思議な世の中になったものである。
★毎日発行される NPO The Good Times 新聞です。